少子化と労働人口の減少が進む現代において、特に地方の中小企業にとって「採用」は経営を左右する最重要課題の一つです。魅力的な人材をいかに惹きつけ、迎え入れ、そして定着してもらうか。多くの企業が頭を悩ませるこの問題に対し、千葉県で独自の採用戦略を展開し、成果を上げている企業があります。看板製作の老舗、株式会社協同工芸社(千葉市美浜区)です。
同社で採用を含む幅広い業務に携わる吉岡和重さんは、従来の採用手法にとらわれず、学生との真摯な向き合い方を重視したアプローチを実践しています。本記事では、吉岡さんへのインタビューを通じて、協同工芸社がどのようにして採用に成功しているのか、その具体的な取り組みと成功の秘訣に迫っていきます。千葉で採用に課題を抱える経営者や人事担当者にとって、実践的なヒントが満載の内容となっています。
協同工芸社の採用基本戦略:学生との「リアル」な関係構築を目指して

協同工芸社の採用戦略の根底にあるのは、学生や求職者との「リアル」な関係構築です。
吉岡さんは、会社の良い面だけでなく、課題や働く上での厳しさも包み隠さず伝えることを重視しています。これは、入社後のミスマッチを防ぎ、長期的に会社と共に成長してくれる人材を見極めるための誠実な姿勢といえるでしょう。

同社がターゲットとするのは、主に新卒や若手のポテンシャル層です。ミニ看板製作や企画体験など、看板の仕事の楽しさに触れられるインターンシップなども活用しながら、学生が会社のことを深く理解できる機会を提供しています。その中で、協同工芸社ならではの「ものづくり」の面白さや、千葉という地域に根ざした企業であることの意義を丁寧に伝えています。
なぜ協同工芸社は採用に成功しているのか? 吉岡さんが語る3つの「リアル」
協同工芸社が毎年コンスタントに10名前後の新卒を採用できている背景には、どのような具体的な取り組みがあるのでしょうか。吉岡さんの言葉から見えてきたのは、大手企業とは異なる土俵で戦うための、3つの「リアル」な戦略でした。
1. 「マス」ではなく「個」に響くアプローチ:大手とは異なる土俵で戦う
多くの中小企業が直面する課題は、大手企業との知名度や待遇面での差です。「正直、条件面では勝てないことも多い」と吉岡さんは認めます。だからこそ、協同工芸社は「マス」に向けた画一的なアピールではなく、個々の学生の心に響くような、よりパーソナルなアプローチを重視しています。
その一つが、学生の「ホンネ」に寄り添う姿勢です。残業時間、ワークライフバランス、給与といった、学生が本当に知りたい情報を正直に伝えます。「学生のホンネは、『あんまり残業がなくて、ワークライフバランスが取れる会社がいい』と思っている」と、吉岡さんは分析します。そのうえで、自社の現状を包み隠さず伝え、「それでも協同工芸社で働きたい」と思ってくれる人材を探しています。
また、「尖った」魅力の発信も重要です。協同工芸社の場合、それは看板製作という「モノづくり」の面白さであり、千葉という地域に根ざした企業であることの意義です。同社のYouTubeチャンネルに登場する看板をモチーフにしたキャラクター「かんばんズ」も、そうしたユニークな魅力発信の一環と言えるでしょう。こうした独自の魅力を丁寧に伝えることで、「大手企業ではないけれど、この会社でしかできないことがある」と感じてもらうことを目指しています。

2. 「きっかけづくり」と「決め手」の分離:社員一人ひとりが採用担当
協同工芸社の採用活動の特徴的な点は、吉岡さん一人が全てを担うのではなく、社員全体で取り組む意識が根付いていることです。吉岡さんは自らの役割を「きっかけづくり」と位置づけます。まずは協同工芸社という会社を知ってもらう。そして、実際に学生が会社に興味を持った後の「最後の決め手」となるのは、現場で働く社員たちの姿だと言います。
「最終的な決め手は、やっぱり社員だと思うんです。うちの社員がいいから入ってくれるんだと」。吉岡さんのこの言葉は、社員への厚い信頼を物語っています。インターンシップや会社説明会で学生と接する社員たちが、ありのままの社風や働きがいを伝えることで、学生は入社後のイメージを具体的に描くことができます。
この「社員が主役」の採用は、特に地方の中小企業にとって示唆に富んだエピソードだと感じられます。社長や人事担当者だけでなく、社員一人ひとりが自社の魅力を語れるようになることが、採用成功の鍵となるのかもしれません。
3. 「正直」であることの強み:信頼関係がミスマッチを防ぐ
採用活動においては、ともすれば自社の良い面ばかりをアピールしがちです。しかし、吉岡さんは「悪い話もしますよ」と断言します。会社の課題や、働く上での厳しさといったネガティブな情報も正直に伝えることで、学生との間に誠実な信頼関係を築こうとしているのです。
「このままじゃいけないからこうしている、という自社のビジネスとしての課題も話します」。このようなオープンな姿勢は、学生にとっても入社後のミスマッチを防ぐ上で非常に重要です。事前に会社のリアルな姿を知ることで、学生は納得感を持って入社を決断できます。そして、入社後も「こんなはずじゃなかった」というギャップを感じにくくなります。
この「正直さ」は、協同工芸社の採用における大きな強みと言えるでしょう。目先の採用人数を追うのではなく、長期的な視点で会社と共に成長してくれる人材を見極めようとする姿勢が、結果的に質の高い採用へと繋がっています。
千葉の中小企業が採用で成功するためのヒント
吉岡さんの話から、千葉県の中小企業が採用で成功するための具体的なヒントが見えてきます。
まず、自社の「強み」と「魅力」を再定義することです。大手企業と同じ土俵で戦うのではなく、自社ならではのユニークな価値は何かを深く掘り下げます。それは、事業内容かもしれないし、社風や地域との繋がりかもしれません。「かんばんズ」のような、遊び心のある発信も有効な手段の一つです。
次に、ターゲット人材に合わせた情報発信戦略を練ること。誰に何を伝えたいのかを明確にし、最適なメディアや伝え方を選択します。学生の「本音」に寄り添い、正直な情報提供を心掛けることが信頼獲得に繋がります。
そして、社員を巻き込んだ採用活動の重要性を再認識することです。社員一人ひとりが自社の「広報担当」であるという意識を持ち、学生にリアルな情報を伝えられる体制を構築します。社員が楽しそうに働く姿こそが、何よりの魅力発信となります。
最後に、長期的な視点での取り組みを心掛けることです。採用は一朝一夕に成果が出るものではありません。吉岡さんも「10年かけて今の社風を築き上げてきた」と語るように、地道な努力の積み重ねが、将来の採用成功へと繋がります。
協同工芸社の吉岡さんへのインタビューは、採用という課題に対し、真摯に、そして戦略的に向き合うことの重要性を改めて教えてくれました。その取り組みは、決して奇をてらったものではなく、「正直に、リアルに、そして継続的に」という、採用活動の本質を突くものです。
採用に悩む千葉の中小企業にとって、協同工芸社の取り組みは、自社の採用戦略を見つめ直し、新たな一歩を踏み出すための大きな勇気とヒントを与えてくれるはずです。学生一人ひとりと誠実に向き合い、自社のありのままの姿を伝えること。その地道な積み重ねこそが、厳しい採用環境を勝ち抜くための確かな道筋となるでしょう。