
千葉県船橋市で3つの福祉施設を運営する社会福祉法人 修央会。同法人では2018年頃から、組織の一体感醸成と職員の意識改革を目指し、インナーブランディングに本格的に着手しました。ロゴマークの刷新、スローガン「生きる歓びをわかちあう」の策定、広報誌「三寿」の発行、そして職員の熱意が結集したオリジナルユニフォーム製作。
しかし、その道のりは決して平坦ではなく、渾身のプロジェクトが思わぬ壁に直面し、コロナ禍が活動の停滞を余儀なくさせたこともありました。今回、その中心人物である法人本部長の石神敏明さんに、10年以上にわたる取り組みの軌跡、その中で得た教訓、そして今後の展望について話を伺いました。
「バラバラだった」組織を変えたい――インナーブランディングへの挑戦、その原点
社会福祉法人修央会がインナーブランディングに本格的に取り組み始めたのは、2018年頃からのことになります。
当時、修央会が運営する3つの施設は、それぞれが独立した文化を持ち、法人としての一体感に課題を抱えていました。介護業界全体が人材確保の難しさに直面する中、職員のモチベーション向上や、法人としての魅力を内外に発信する必要性を感じていた石神さんは、インナーブランディングへの挑戦を決意します。
「ちょうど3施設目となる『特別養護老人ホーム 笑寿苑』がオープンした後で、それぞれがバラバラに運営をしていた時期です。そこで、法人としてしっかり3施設で協力し合い、統一感を持った雰囲気づくりをやらなきゃな、と思っていました」と石神さんは振り返ります。
職員一人ひとりが自分の仕事に誇りを持ち、法人全体が同じ方向を向いて進むためには何が必要か。石神さんが出した答えの一つが、組織内部に向けたブランド価値の構築、すなわちインナーブランディングでした。「自分のやっている介護に自信がない職員が多かった。『ウチの良いところはどんなところですか?』と聞いても、『いや、そんなのないですよ』みたいな職員が多かったんです。もっと自分たちに自信を持ってもらいたかった」とその背景を語ります。
その第一歩として、各施設から有志のメンバーを募り、ブランディング委員会を立ち上げました。「各施設からメンバーを集めて、法人のためになることを推進していく横断的な組織をつくろうと思ったのがきっかけですね」

ロゴ、スローガン、そして広報誌。ブランディングの取り組み
ブランディング委員会の活動が本格化し、まず取り組んだのが、法人の顔となるロゴマークの刷新と、組織のあり方を示すスローガンの策定でした。職員からの意見を広く集め、アンケートを実施するなど、ボトムアップのプロセスを重視しました。「委員会の空気感も良かったですね。みんなから意見を聞いたり、アンケートを取ったりして、どれがいいだろうと話し合って、盛り上がっているのを感じました」と、石神さんはその過程を懐かしみます。
そして生まれたスローガンが「生きる歓びをわかちあう」。この言葉には、利用者だけでなく、働く職員自身も仕事を通じて喜びを感じられる組織でありたいという、石神さんと委員会の強い願いが込められていました。完成したロゴとスローガンはポスターとして各施設に掲示され、理念浸透の一翼を担いました。
さらに、法人内外への情報共有と理念共有を目的として、広報誌「三寿」をリニューアル。もともとは、ご利用者が過ごしている様子をご家族に見せるための行事記録的な「おたより」であり、Excelで職員が手づくりしていました。リニューアル後はデザイン・編集がしっかりと施され、コラムや職員のインタビュー記事などを掲載し、互いの顔が見えるような誌面づくりが心掛けられました。
さらに、近隣の施設や住宅などにも配布し、ご家族だけではなく従業員や地域の方々にも想いを伝えるインナー/アウターブランディングツールとして活用したのです。「職員をターゲットにしてインタビューしたりするっていうのは、すごく評判が良くて。今どき職員の顔なんて映しちゃだめだっていうこの世の中で、しっかり顔を出してインタビューが載っていて、近隣の施設からも『修央会さんのあれ、すごいですね』と言われましたね」と、その反響の大きさを振り返ります。

理想と現実の狭間で――オリジナルユニフォーム製作、2年間の情熱と頓挫の軌跡
そして、インナーブランディングの象徴的な取り組みとして、大きな期待とともに進められたのが、オリジナルユニフォームの製作でした。単なる名入れではなく、型紙から起こす完全オリジナルデザインを目指し、約2年の歳月が費やされました。職員の意見を丹念に吸い上げ、試行錯誤を重ねた末に決まったのは、機能的でありながら、フリルのようなドレープのついたデザイン性にも優れた渾身のユニフォーム。
石神さんにとっても、特に思い入れの深いプロジェクトだったとのこと。
しかし、導入を目前にして、プロジェクトは思わぬ壁にぶつかります。コスト面などを理由に、上層部からの理解が得られなかったのです。「事前に法人内の合意形成をしておくべきだったのですが、考えが足りませんでした」と石神さんは率直に語ります。「ちょうど経営が厳しくなってきた時期で、やっぱりコストの面でこんなにお金はかけられないという結論になってしまって…」。
この一件は、石神さんだけでなく、製作に情熱を注いできた職員たちのモチベーションにも大きな影を落としました。
「2年を費やした大きなプロジェクトでしたから、それが頓挫したことで、ダメージが大きかったです」
さらに追い打ちをかけるように、新型コロナウイルス感染症が世界を覆います。広報誌「三寿」の取材活動も困難になりました。「マスクが外せない。インタビューができない。集まって会議ができない。職員はコロナの対応に追われて時間が取れない。制作自体ができなくなってしまって」と石神さんが語るように、修央会のインナーブランディングの取り組みは、一時停滞を余儀なくされたのでした。

軌跡からの教訓――挑戦の日々を振り返って
一連の取り組みを振り返り、石神さんは「職員一人ひとりが“自分ごと”として捉えなければ、どんな素晴らしい取り組みも真に浸透することはない。その難しさを痛感しました」と語ります。
採用活動においては、顔の見える広報活動などが一定の効果を上げていた時期もあったといいます。ですが今、ブランディング委員会は休止されたままです。採用難もあり、厳しい経営状況は続いています。
「ただし、インナーブランディングの取り組みは、組織にとって絶対に必要だと今も強く感じています」と石神さんは言葉に力を込めます。
「ブランディングに取り組むには何よりもまず、推進するための“パワー”、つまり十分な余力と権限が必要です。そして、長期的な視点を持ち、簡単に諦めないこと。私たちの経験が、少しでも皆さんの参考になれば嬉しいです」と、最後に語っていただきました。
コロナ禍が収束し、修央会では地域公開イベントの再開など、少しずつ「生きる歓びをわかちあう」活動を再開し始めています。かつて、バラバラだった組織を一つにまとめようと始まったインナーブランディングの挑戦。「生きる歓びをわかちあう」という理念を、これからどのように体現していくのか。その道のりは、まだ続いているのです。
石神さんの語る言葉には、成功体験だけでなく、率直な反省や苦悩も含まれていました。しかし、それらすべてが、組織をより良くしようと奮闘してきた証でもあります。修央会のインナーブランディングの物語は、多くの組織にとって、変化への挑戦がいかに困難で、しかし価値あるものであるかを教えてくれます。