
「仕事は楽しくないと意味がない」。多くの人が一度は口にする言葉かもしれません。しかし、変化の激しい現代において、特に競争の厳しい美容業界で「楽しい経営」を実践し続けることは容易ではありません。株式会社ブレイス(千葉市中央区)代表取締役社長・鈴木淳也さんは、千葉県を中心に多数の美容室やマツエクサロン等を展開しながら、その「楽しい経営」を体現し続けている稀有な経営者の一人です。
若手美容師育成のための「美容師塾」を全国で開催し、有名講師を招いたクローズドセミナー「クロセミ」を主宰。さらには、同業者と共同でポマードブランド「MALIBU」や居酒屋「タコとハイボール」を運営、美容室経営者のためのオンラインサロン「NO LIMIT」を運営。その活動は国内に留まらず、マレーシアの美容室を買収し運営するなど、そのフットワークは驚くほど軽やかです。
今回は、そんなエネルギッシュな鈴木さんに出張先のクアラルンプールからオンラインでご登場いただき、「楽しく経営する」とは一体どういうことなのか、そして美容業界が抱える課題や、それを乗り越えるための原動力、多岐にわたる取り組みの背景にある想い、そして目指す経営スタイルについて、深くお話を伺いました。
面白そう、だからやってみる。
多店舗展開、海外進出、異業種への挑戦…。鈴木さんの活動は、一見すると多角化戦略のように見えますが、その根底に流れるのは「面白そうだからやってみる」というシンプルな好奇心と、「仲間と一緒に何かを成し遂げたい」という強い想いです。
「フランチャイズ展開は、昔からあまり好きじゃなかったんです。店長が自分の城を持ちたい、自分の考えたブランドやコンセプトで店をやりたいという想いを応援したい。だから、うちの店は一つとして同じブランドがないんです」と鈴木さんは語ります。旗艦店であるヘアサロン「brace」の名前を冠した店舗は少なく、むしろ各店舗の店長が主体となって店名やコンセプトを決定。本部はその夢を全力でバックアップするスタイルを貫いています。
「マレーシアの店舗も、最初は仲間たちと10社で共同出資して始めたんです。でも、途中でうまくいかなくなって、僕が買い取ることになった。でも、それも面白い経験ですよ」。失敗を恐れず、むしろそれを学びや次へのステップと捉えるポジティブな姿勢が、鈴木さんの言葉の端々から伝わってきます。

美容業界の課題と、ブレイス流の向き合い方
華やかに見える美容業界ですが、人材不足や価格競争、そして変化への対応など、多くの課題を抱えています。鈴木社長は、これらの課題に対し、独自の視点とアプローチで向き合っています。
「美容師さんって、最終的には独立願望がある人が多い。でも、独立しても3年後には半分くらいしか残っていないのが現実です」。そんな厳しい現実を踏まえ、鈴木さんは「美容師塾」やオンラインサロン「NO LIMIT」を通じて、技術だけでなく経営ノウハウやマインドセットを伝えています。それは、自社のスタッフだけでなく、業界全体のレベルアップを願う気持ちの表れでしょう。
また、採用に関しても、「昔は求人広告を出せば人が集まったけど、今はもうそんな時代じゃない。だから、僕らは『人』で勝負するしかないんです」と語ります。美容業界の「きつい・帰れない・給料安い」というイメージを払拭し、若い世代が夢を持って働ける環境を作ること。それが、鈴木さんにとっての大きなテーマの一つです。
「50歳近くなって、さすがに20代の子たちの気持ちを完璧に理解するのは難しい。だから、現場の若いスタッフたちの意見を尊重し、彼らが『楽しい』と思える店づくりを心掛けています」。世代間のギャップを認めつつ、それぞれの価値観を尊重する。そんな柔軟な姿勢が、ブレイスの強みなのかもしれません。
「儲ける」だけじゃない。仲間と共に創り上げる「楽しい」未来
鈴木さんの多岐にわたる活動は、一見すると利益追求とは異なる方向を向いているように見えるかもしれません。しかし、そこには「仲間と共に成長し、業界全体を盛り上げたい」という、より大きなビジョンが存在します。
「MALIBU」や「タコとハイボール」といった共同事業も、その一例です。
「同じ業界の仲間たちと、何か新しいことにチャレンジするのは純粋に楽しい。それに、それぞれの強みを持ち寄れば、一人ではできない大きなことができる」。
そして、その「楽しさ」は、金銭的な成功だけを意味するものではありません。「僕自身、そんなにお金に執着がないんですよ。それよりも、信頼できる仲間たちと、ワクワクするようなことを仕掛けていく方がずっと面白い」。

目指すは「社長を創る会社」
「僕の今の仕事は、社長を創ることなんです」。鈴木さんはそう断言します。社員一人ひとりが経営者意識を持ち、自ら考えて行動できる組織。そして、そこから新たな「社長」が生まれ、ブレイスグループとして共に成長していく。それが、鈴木さんの描く理想の経営スタイルです。
「だから、給料も昔からずっと変えてないんです。僕がたくさんもらうより、その分を社員に還元したり、新しい事業に投資したりする方がいい」。徹底した現場主義と、未来への投資を惜しまない姿勢。それが、ブレイスの持続的な成長を支えています。
そして、その視線は常に未来を見据えています。「正直、今のやり方がいつまで通用するかわからない。でも、だからこそ常に新しいことにチャレンジし続けないといけないんです」。変化を恐れず、むしろそれを楽しむ。そんな鈴木さんの言葉は、先の見えない時代を生きる私たちに、大きな勇気を与えてくれます。
「楽しい」から始まる、新しい経営のカタチ
鈴木さんの経営哲学は、「楽しい」という言葉に集約されるかもしれません。しかし、それは単なる楽観主義ではなく、厳しい現実を見据え、仲間と共に知恵を絞り、困難を乗り越えていく中で生まれる、本質的な「楽しさ」です。
美容業界の枠を超え、様々な分野で新しい価値を創造し続ける鈴木さんの姿は、これからの時代の経営者像を指し示しているのかもしれません。それは、トップダウンではなくボトムアップを重視し、個々の才能を最大限に活かし、そして何よりも「人」を大切にする経営。
「結局、全部楽しいからやってるんですよ」。クアラルンプールの空の下、そう語った鈴木さんの笑顔は、私たちに「働くこと」「経営すること」の本当の意味を問いかけているようでした。鈴木さんの「楽しい挑戦」は、これからも多くの人々を巻き込み、美容業界、そして千葉の未来を明るく照らしていくことでしょう。